ホンモノの由緒正しい京都人に対して、帰国子女が抱く感情。

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京都に最近よく行くのだけど、散歩しながら考えたことなど…>>

 

京都人はプライドが高い、らしい。

本当の意味での「京都人」は、京都府の中でもKYOTO CITY出身でなければいけないらしいし、その中でも親のそのまた親の代まで京都CITY出身でなければ所詮「よそさん」区分らしい、、ということは文献上の知識としてはある。

*文献上、、 というのは本では読むけど、実際「本物の京都人」に直接確認をとったわけではない、という意味。(でも確認したところで、単刀直入には教えてくれないだろうし、私自身は京都以前に下手したら「日本」というマクロなカテゴリーでも少し前までは「よそさん」区分だった可能性すらある帰国子女。)

 

じゃあ(それが事実だという前提で話を進めます)そのプライドが高い内輪意識ってどこからくるの、、と考えたところ、

 

それはここが古都である、世界有数の観光都市になるほどの文化的遺産が多く、日本文化の形成に大きな役割を担って来た歴史ある土地だからだ、、、という結論に行き着く。

要は自分、そして祖先のこの地域の歴史への貢献度。

自分たちが弛まず積み重ねて来たもののおかげでこの地がある(ひいては日本国がある)、と思ったらそりゃプライドも誇りもあるだろう。

 

 

その土地が大好きな人が外から訪れたり、住むのは結構だけど「あっ でもここを築いたのは私(たち)だからね!そこんとこよろしく」とリマインドしたくもなるんじゃないだろうか。

 

 

それはごもっともなので、心理的によくわかる。

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ただ、、それに関して派生する個人的なジレンマがあって。

 

じゃあ、私みたいな人間は、逆にどこで大手を振って歩けるのか…?ということ。

 

 

先祖と自分の生まれ育ちの場所が全部完全一致しないとその街の真の意味でのインサイダーになれない、、と言うことになると非常に厳しい。

 

 

私にとって関係性のある土地と内情は以下の通り:

 

 

ドイツ>  生まれた国。でも血は引いていないし0歳児だったので地域貢献はしていない。

 

イギリス(ウェールズ)> 18歳まで育った国。でも、ずっと学生だったという意味で社会に貢献してたとはいえない。血統は日本なので祖先はイギリスの歴史に関与していない。(でも強いていうなら父親は日本企業の駐在員として長年地域の産業に貢献した)私にとって母国はここしかないのだけど…。

 

横浜> 現在進行形で実家がある街で、大学をここから通った。(でも両親・祖先の出身地ではない)でも私が自身のことを「ハマっ子」と言ったら本物のハマっ子は怒るだろう。

 

東京> 大学3、4年のキャンパスがあった街。そしてその後社会人となって数年働いた街。(でも両親・祖先の出身地じゃない)海外でwhat part of Japan do you come from? ときかれ、説明するのが面倒な気分の時にはI’m from Tokyoと言っているけど、正確ではない。

 

香港> 引っ越して早7年。起業したことによって地域経済に貢献し、多少の納税をしている国(というか特別行政区)。じゃあ私はHong Konger と呼べるのか?というと違う…. 広東語喋れないし。(でも話してる人によっては単に「在住者」くらいのニュアンスでHong Konger もしくはHongkongite ….と言えるかも。)

 

大阪> 夫の仕事の関係でご縁ができた、すでに大好きな場所。父親が関西出身なので、血統ルーツ的にはここが一番近いことになるかもしれない。でも実際問題、あくまでも私は1年~ほど前に二拠点生活で現れた完全な新参者..!

 

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実のことを言うと上記全ての国/街に愛と帰属意識を持っているけれど(ドイツ、、は流石に帰属意識とまではいかないけど「親近感」はある)京都に先祖代々住んだ人が「よそさん」に対して抱ける誇り高きフィーリングは、私は世界中どこにいても抱く資格がないんだな、、という残念な結論にならざるを得ない。

 

 

 

でも、プラスの見方をすると、どこにいても「正真正銘の(由緒正しい、血統書付きの)インサイダー」には一生なれない代わりに「自分に関係性のある場所をたくさん持ってる、各所のなんちゃってインサイダー(血統書なし)」とは言えなくもないわけで、一生その路線でいって「なんちゃって」の場所を増やすか、、と開き直るしかない。

 

 

県とか街レベルでの本当のインサイダーにはなれないものの、イギリスが母国なら日本は私の「祖国」なわけで、「国」という大きい単位なら、少なくとも外国人から見たら私は「日本人」というインサイダーである要件を満たしているんじゃなかろうか、、

 

 

「そういった意味では日本のどこの街であろうと祖国として、その土地の良さをまるで自分ごとのように感じて、慈しみ敬愛する。というのはわりかし筋が通っているのでは?」と思い。

 

 

京都で歩いてるホンモノの京都人に対して、聞かれてもいないのに、

 

「ワタシは今非常に情緒的な気分でして、京都に対して敬愛の念を抱いているんですが、これはあくまでも自分の祖国にある古都に対して、、というコンテキストで抱いている感情でありまして、あくまでも街レベルでいうと完全な <よそさん> 区分だということは十分承知で、完全にここはあなた方が作り上げた街なんですけれども、、いやあ それにしても良い街ですね。」

 

 

等と弁解したい気分だ。

 

 

香港では駐在員の友達が多いから「みんなアウトサイダーで、みんないいね」みたいな共通認識があるけど、日本にいる間は「生粋の〇〇っ子/〇〇人」(〇〇には地名が入る)にたくさん囲まれてる気がしてて、自分は結局どこの誰で何者なんだね、、?と自問自答する機会が多い。

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そういえば、去年ニューヨークに行ったとき、現地の人に「NYに何年住んだらニューヨーカーって言える?」と聞いてみたら皆ほとんど「8年」って言ってたことを思い出した。

 

夫にもっと突っ込んでみたところ

「肌感覚的には8年くらい住んでたらニューヨーカーという前提条件は果たしたという感じ。I’m a New Yorker って言うのは自己申告制で別にいいし、そもそも外からやって来た人が作ったような街だから誰が言ってても気にならない。」

 

、、と説明されたけども。

 

本人はよく自己紹介で(主にアメリカ人同士の)「Born and raised in Manhattan」とわざわざいってるから、なんだやっぱり少しは意識してるんじゃないか、、と思った。(「Newyorker」としてのニューヨーカー度を強調してる的な。)

ホンモノの由緒正しい京都人に対して、帰国子女が抱く感情。」への2件のフィードバック

  1. ゆゆ より:

    いつも楽しく読ませてもらってます。
    日本は海に囲まれてるからピュアな日本人がほとんどですが、海外だとハーフ(ミックス)が多くて、国や土地への帰属意識が違いますよね。でも京都は同じ日本人からしてもちょっと排他的すぎるかなと思います笑 狭い日本のなかでそんなに大きな違いなんてないのにって思います。日本にはもっとラフに異文化や人を受け入れられるようになって欲しいです。

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    • コンソリーニ•恵 より:

      いらっしゃいませ&コメントありがとうございます:)

      なかなか深い議題ですよね、、。

      仰る通り日本&日本国民は今まで「ピュア」な人たちから構成されてきたという経緯があるので、(来歴、血統共に)「ピュア」じゃない、イコール 日本人/One of usじゃない〜色がアメリカやイギリスみたいな多民族他国より強いように思います。

      ただ、今まではそれでやってこれたけど、この国際社会&少子化の日本でピュア主義を貫くのは厳しいものがあるんじゃないの、、とも思ってて、今「そもそも日本人とはなんぞや?」ということを再定義する時代になってきてるのかもしれないですね。

      京都人に関してですが、、おそらく彼らも海外に出たら「日本人」というマクロな括りでも帰属意識を覚え、更にもし宇宙人と接触する機会があれば「同じ地球人」ということで外国人にも身内並みの親近感を覚えるのではないか?  という仮説を立ててみました。笑

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