お手伝いさんが入国管理で止められて考えたこと。

MS251_japanpassport_TP_V.jpg去年11月の小話をします。

香港で住み込みのお手伝いさんがいるんですが、彼女を日本に連れてこようとしたところ、入管で引っかかりました。(「ちょっと貴方こちらへ、、」と小部屋に連れて行かれた)

 

状況として、彼女は「渡航ビザ(90日有効)」で来日してもらって、私と娘が日本にいる間通常通りお手伝いをしてもらおうという意図。ついでにいうと彼女が日本で住み働けるための「家事使用人ビザ」というものは現在申請中、と言ったシチュエーション。

 

以前もこの渡航ビザで入国したことがあります。

 

 

今回に関しては小部屋に呼ばれたポイントとしては

 

「これまで数回日本に入国しているようだけど、どういう状況なのか」

「今アナタの就労ビザが申請中だけど、まだ降りていないようだね? なぜこのタイミングで入国を?」

 

といったところ。

 

私が直接、入館担当者と話をできたのは2時間後くらいなので、ヘルパーさんが尋問されてる間私と娘は大人しく待機してました。(娘はそれほど大人しくなかった)

 

死ぬほど待ち時間が長かったので、色々考えて思ったことなど:

 

 

 

 

>違法なことしてなくても、私たちのようなイレギュラーな存在は政府にとってきっと面倒な存在なんだな、という気づき。

実際問題夫婦ともに香港/日本ともに居住&労働許可がある。そして実際我々はお互い会社を経営している。(ビザの要件的に重要)

ヘルパーの契約書は香港のものがある。そしてリアルに私たちは二拠点生活をしてて、両方の国に住まいがある。

今回の旅はあくまでも私にとっては一時帰国であり、ヘルパーが持ってるのは日本領事館のビザ部門に事情をちゃんと説明したうえで申請した渡航ビザ。

全く一点の曇りもない一貫した、かつ政府としたら対応が面倒そうなイレギュラー性に富んだストーリーだ。

私が入管だったら同じように小部屋に呼んで尋問したくなると思う。

 

 

 

>長時間で待たされながら、「まあ彼らは我が国の国境を守ってるだけだよね、、、」と思うとむしろ頼もしい気がしたけど、社会問題というか日本の国際化の今後について色々考えさせられた。

多様性のある社会(または組織)の推進を、、というのは立派な目標で、多様性がもたらすメリットはたくさんあるけれど、皆の個別事情に配慮しながら沢山の人を管理するのは大変だよなあ、みんな同じ方がバッチ処理できて楽だよね、すみませんね、、というお上に対する慮り。

 

 

 

 

>マクロレベルで見ると、生まれ落ちた国&国籍で人生って結構決まっちゃうね、という悲しい気づき。

で、その人の出身や経緯を証明するものって、結局見られるのはパスポートや、ビザの有無(要はパスポートに貼ってある紙切れ。)そしてあとは契約書の類。(雇用契約書etc)

たかが紙、でもされど紙!     紙によって左右される人生。

 

人間としてヘルパーの彼女の方が私より100倍くらい勤勉だし善良だと思うけど、生まれ/国籍が違うせいで私は入館で止められないし、給料は何倍もある。

全く不公平な話だけど、自分はこの格差で得をしている方なので尚複雑な気分。

だってもし国家レベルでこの格差がなかったら私は彼女を雇えないわけで、彼女も自国の物価が安いからこそ出稼ぎのしがいがあるわけで、格差は資本主義の前提なわけで、、、

 

とか考えてたら何が社会として目指すべき理想なんだろうね?と混乱してきた。

 

 

*使用人ビザはまだ審査中でまだ結果待ち*

(この日彼女は無事ちゃんと入国できました。)

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