私が総合商社に就職できなかったのは、そういう運命だったから。

私には4歳年下の弟がいるのですが。
彼が昨日まで、年末年始にかけて初•香港旅行に来ていました。

最後に会ったのは自分の結婚式だったときだったので、1年以上ぶりの姉弟再会です。

楽しく近況報告等しながら

「少し痩せたようだけどちゃん食べているのだろうか。」
「へー ヒゲ生やそうとしてるのか。」
「今時の若者はこういう服を着るのかー」
「今年、この子が25歳になるなんて光陰矢の如し。」  Etc.

なんて、ありがちな姉的感想も抱くのですが。

久しぶりに話して一番印象的だったのが、

人生ってすごく上手く出来ていて、回り回って人間収まるべきところに収まるようになっている、、

ということ。

というのも、

弟とは同じDNAを共有していて、人生の三分の二は同じ屋根の下で育って、通った学校も「イギリスの小学校」と「日本の大学」の部分は同じなのに。

性別と年が違うという事を差し引いても、走っている人生のレール、生活ぶり、はたまた世界観が とても異なっていて。

今までのお互いの人生の中で、ちょっとした方向性の差が積み重なって、それぞれの私達がいるのだなあ、、としみじみ感じました。

参考用略歴:

私: ドイツ生まれ →イギリス育ち→18歳で日本移住→慶應大学→外資系IT企業就職・営業職→通訳→香港移住→会社経営&国際結婚

弟: イギリス生まれ→ 小学6年生時に日本移住→高校&大学が慶應。体育会柔道部→財閥系総合商社勤務

私が 18歳になって初めて日本に暮らし始め、アイデンティティー•クライシスに悩んでるときに、彼は既に日本に馴染んでいて、塾に通い部活に精を出し友好関係を広げていて、

私が大学生時代、インドでインターンシップをしている間、彼は体育会で柔道に励んでおり、

私が香港に引っ越して人生の博打に出ようとしているとき、彼は会社の寮長に就任してしました。

現在 、弟は「日本の、エリートの部類に入るであろう模範的サラリーマン」で、
私は「なぜか人生でイレギュラーな選択ばかりしてしまう、非模範的な海外在住の起業家 」
といえるかと思います。

ちなみに弟が今勤務している商社は、私が就活中に2次試験であっさり落ちた会社。

当時はどうしても働きたい系統の会社だったので、「なぜ私ではだめなんだろうか、、、」と悶々メソメソとしながら敗れ去ったわけですが。

現在、弟の業務の激務ぶりや休暇の少なさについて聞くと(有休15日ということは、先週まで私が行ってたニューヨークだけで、1年分の休みはもう消化してしまった、ということか、、!とか。)

当時仮に私がそんな会社に何かの手違いで入社したところで、恐らく1年と保たなかったであろう、、ということを、今だからこそ納得出来ます。

それはそうと、すごく弟は楽しそうにしてるんですね。

寮生活なのですが、そこの仲間も大好きだし。仕事もやりがいを感じており、会社も好きだし、まだ若いのでクラブで遊ぶのも楽しんでるし 、多分合コンも好き。

同じ巣から旅立ってから、今はお互い違う国で違う道を歩んでいるけれど、

私も充実した日々を送ってるし彼も人生謳歌していてお互いハッピーなので、運命の糸車って良く出来てるなあ、、と同じお皿のチャーシュー豚をつつきながら思ったディナーでした。

ジャンボ水上レストランにて。
http://www.jumbo.com.hk/eng/main.php

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